兄弟姉妹との関わり方――「平等」と「公平」は違います
~不登校の子どもだけでなく、家族みんなの気持ちを大切に~
「どうしてお兄ちゃんは学校を休んでいいの?」
「私だって学校に行きたくない日がある。」
「お姉ちゃんばかり心配して、私はどうでもいいの?」
不登校のお子さんを支える中で、きょうだいからこんな言葉が出てくることがあります。
一方で、保護者の方からは、
「不登校の子どもへの対応で精一杯で、きょうだいに十分目を向けられていない気がする。」
「きょうだいには我慢させてしまっている。」
「どちらも大切なのに、どう接すればいいのか分からない。」
という声を聞くことがあります。
不登校という出来事は、子ども本人だけでなく、家族全体の生活や気持ちにも影響します。
だからこそ大切なのは、「不登校の子どもを支えること」と「きょうだいを大切にすること」を別々に考えないことです。
家族みんなが安心して過ごせる環境を、少しずつ作っていく。
今回は、そのためのヒントを考えてみます。
■ 「平等にすること」が、いつも正解とは限らない
きょうだいがいるご家庭では、
「同じように接しなければ。」
と考えることがあるかもしれません。
例えば、
「お兄ちゃんが休むなら、弟にも同じようにさせる。」
「同じ金額のお小遣いにする。」
「同じだけ話を聞く。」
こうした「同じにする」という考え方は、一見すると公平に思えます。
しかし、子どもは一人ひとり違います。
年齢も違えば、性格も違います。
困っていることも、必要としている支援も違います。
例えば、足をけがした子どもと、元気に走れる子どもに、同じ量のサポートをする必要はありません。
困っている子には、そのとき必要な支えをする。
元気な子には、別の形で関わる。
つまり、
「同じようにすること」と「公平にすること」は、必ずしも同じではありません。
不登校の子どもに今、多くのサポートが必要だからといって、きょうだいの大切さが小さくなるわけではないのです。
■ きょうだいにも、それぞれの気持ちがある
不登校の子どもに目が向いていると、きょうだいの気持ちが見えにくくなることがあります。
「学校へ行ってくれているから大丈夫。」
「この子は元気だから心配ない。」
そう思ってしまうのも無理はありません。
しかし、きょうだいもまた、家の中でさまざまなことを感じています。
心配しているかもしれません。
寂しいと感じているかもしれません。
家族の雰囲気が変わったことに戸惑っているかもしれません。
あるいは、
「自分まで心配をかけてはいけない。」
と、気持ちを我慢していることもあります。
「元気に学校へ行っているから、何も感じていない」
とは限りません。
■ 「我慢してくれてありがとう」だけではなく、話を聞く
きょうだいが我慢している姿を見ると、
「いつも我慢してくれてありがとう。」
と伝えたくなります。
もちろん、それは大切な言葉です。
でも、それだけではなく、
「最近、家のことで何か気になることある?」
「何か嫌だったことはない?」
「お母さんに言いたいことがあったら、言っていいからね。」
と、きょうだい自身の気持ちを聞く時間も大切です。
ここで重要なのは、すぐに正解を出そうとしないこと。
「そんなこと言わないの。」
「お兄ちゃんも大変なんだから。」
と説明する前に、
「そう思っていたんだね。」
と受け止めてみる。
きょうだいが安心して本音を話せることも、家族を支える大切な要素です。
■ 「あの子は休めるのに、どうして私は…」
きょうだいから、
「学校を休めていいな。」
という言葉が出ることがあります。
この言葉を聞くと、保護者としては戸惑うかもしれません。
「休みたくて休んでいるわけじゃないのに。」
そう思うのも当然です。
しかし、ここで大切なのは、きょうだいが不登校そのものを正確に理解しているかどうかだけではありません。
その言葉の裏に、
「自分も大変なのに分かってもらえない。」
「お兄ちゃんばかり見てもらっている。」
という気持ちが隠れていないか、考えてみることです。
そんなときには、
「そう見えるんだね。」
「お兄ちゃんのことで、お母さんが忙しくなっていると感じる?」
と聞いてみるのも一つの方法です。
きょうだいの言葉を「わがまま」と決めつけず、その奥にある気持ちに目を向けてみましょう。
■ 不登校の子どもの前で、きょうだいを比較しない
家庭の中では、
「弟は毎日学校へ行っているのに。」
「お姉ちゃんはちゃんとできているよ。」
といった比較が生まれやすくなります。
しかし、不登校の子どもにとって、きょうだいとの比較は、自分を責める材料になってしまうことがあります。
一方で、きょうだいに対して、
「あなたは学校へ行けて偉いね。」
と繰り返し伝えすぎることも注意が必要です。
「学校へ行ける子=良い子」
というメッセージとして受け取ってしまう可能性があるからです。
学校へ行けることも、行けないことも、その子の価値を決めるものではありません。
家庭の中では、できるだけ「学校へ行っているかどうか」を子どもの評価基準にしないことが大切です。
■ 「きょうだいの時間」を特別に作ってみる
不登校の子どものことで、保護者が学校や支援機関とのやり取りに追われることがあります。
その結果、きょうだいと過ごす時間が減ってしまう。
そんな場合は、特別なことをする必要はありません。
一緒に買い物へ行く。
少し散歩する。
一緒にテレビを見る。
好きな食べ物を買って帰る。
たった10分でも構いません。
大切なのは、
「あなたのこともちゃんと見ているよ」
と伝わる時間です。
「不登校の子どものための時間」と「きょうだいのための時間」を完全に同じにする必要はありません。
それぞれの子どもに、必要な形で時間を届けていく。
それが「公平」という考え方なのかもしれません。
■ 家族の中で「役割」を背負わせすぎない
きょうだいが、
「自分がしっかりしなきゃ。」
「お兄ちゃんの分まで頑張らなきゃ。」
と考えてしまうことがあります。
特に、優しい子や責任感の強い子ほど、家族の状況を気にして自分の気持ちを後回しにすることがあります。
そんなときには、
「あなたはあなたの生活を大切にしていいんだよ。」
「お兄ちゃんのことは大人が考えるから大丈夫。」
と伝えてあげてください。
きょうだいが不登校の子どもを支える「役割」を背負う必要はありません。
きょうだいは、きょうだいです。
一緒に遊ぶことがあってもいい。
距離を置くことがあってもいい。
それぞれの生活を大切にしていいのです。
■ 家族全員を「同じ場所」に連れていく必要はない
不登校の子どもが家にいると、
「家族みんなで出かけられたらいいのに。」
と思うこともあるでしょう。
もちろん、それができる日が来るかもしれません。
でも、今は難しいなら、
不登校の子は家で過ごす。
きょうだいは保護者と出かける。
という選択があっても構いません。
「家族全員が同じことをする」ことだけが、家族のつながりではありません。
それぞれが自分の時間を持ちながら、
「必要なときには戻れる場所がある。」
そう感じられることも、家族の安心につながります。
■ 保護者が一人ですべてを抱えなくてもいい
不登校の子どものこと。
きょうだいのこと。
学校とのやり取り。
家庭の生活。
将来のこと。
すべてを保護者一人で調整しようとすると、どうしても負担が大きくなります。
「きょうだいへの対応まで完璧にしなければ」
と思う必要はありません。
学校の先生、スクールソーシャルワーカー、スクールカウンセラー、地域の相談機関など、頼れる人に相談してもいいのです。
家族全員を支えるためには、まず保護者自身が一人で抱え込まないことも大切です。
■ 最後に
不登校という出来事が家庭に起こると、どうしても一番困っている子どもに目が向きます。
それは当然のことです。
けれど、家族は一人ひとりの集まりです。
不登校の子どもも。
きょうだいも。
そして保護者も。
それぞれに違う気持ちがあり、それぞれに必要な支えがあります。
「みんな同じようにしなければ」と頑張りすぎなくても大丈夫です。
大切なのは、同じものを与えることではなく、
「あなたのことも大切に思っている」
ということが、それぞれの子どもに伝わること。
不登校の子どもを支えながら、きょうだいの毎日も守る。
きょうだいを大切にしながら、不登校の子どもにも必要な支援を届ける。
どちらかを選ぶ必要はありません。
家族みんなが、それぞれのペースで過ごせること。
その家庭に合った「ちょうどいいバランス」を探していくこと。
それもまた、不登校の子どもを支える大切な取り組みなのだと思います。

